QT延長症候群。ICD(植え込み型除細動器)との生活。

LQTSの難病女子。自分にしか生きられない人生を。

QT延長症候群
ICD(植込型除細動器)との生活

LQTSの難病女子。自分にしか生きられない人生を。

日本と海外での微妙な違い

「ペースメーカー入れてます」と言った時の、日本と海外の反応の違いについて。

 

空港でのこと

ICDペースメーカー利用を申告した時の、検査官の方が見せたリアクションに微妙な違いを感じました。

 

日本でも米国でも、最初のリアクションは「あっ!」とか「Oh.」という反応でしたが、微妙なニュアンスの差が。

 

日本の「あっ!」には、その瞬間から私を「障害者」と認識した響きがありました。

 

※なお、私は「障害者」という呼称にネガティブなイメージは持っていません。障害者=「障害を持つ者」ではなく「社会に障害(障壁)を作られている者」と解釈しています。障害があるのは人ではなく社会、というスタンスです。

 

 

悪い意味、差別的な目線になったということではなく「配慮が必要なお客様」と気遣う意識に変わったという感じです。ただ、気遣うと同時に一瞬で私の周りに境界線が引かれたような気がしました。差別ではないが区別というか。

 

一方、米国での「Oh.」には、「その年齢で?大変だね!」と少し驚いているようなニュアンスは感じましたが、前後で何か対応や見る目が変わったような印象は受けませんでした。

 

米国は日本よりもペースメーカーを入れている人が多いそうです(人口も多いですが)。だからかもしれませんが、より自然に受け止められているというか、「気にされていない」感がありました。

「差別」に敏感な文化背景を持つから、というのもあるかもしれません。

 

結果的には両国でほぼ同じ言葉をかけられ、同じ対応を受けたのですが、日本の方が「距離を置かれた」感がありました。

 

円の「中」と「外」

日本は、普段の生活でも「健常者」「障害者」を区別して考える空気を感じています。

 

実際は、健常者と障害者の間にはっきりとした線引きなんてできないのに。両者の間はもっとグレーで、なんなら「健常者」なんて存在しないかもしれない。

 

制度設計や行政サービスを決めるときには、なんらかの線引きは必要になると思います。でも、世間まで同じような考え方をする必要はないですよね。もっと「グレー」であること、線引きして解決することはできないという認識が一般に広がって、区別するのではなく同じ円の中で違いを受けとめていけると良いのになと思いました。

 

日々なんとなく生きづらさを感じたり、病気や障害を持つ人が気持ちよく生活できていないのでは…と思うことがある中で、異なる文化に触れたことで見えた、少しの気づきです。