2018年の個人的2大事件
突然ですがこのブログ、親きょうだいに読まれています(たぶん夫も)。
会わずとも近況報告になるので良い面もあるのですが、心配させるようなことが書きづらかったりします。
なのでちょっと間を置いて、昨年起きた2つの事件を投稿です。
これまでの投稿でちょこちょこ書いていた内容を新たにまとめ直したものです。
大発作
実は、7月に大きな発作がありました。
それが大きな発作だったと知ったのは、8月に別件で臨時の診察に行った時だったのですが。
大発作と言いつつ…どの程度からが大きな発作なのか微妙なところですが、意識消失の一歩手前だったのでまあまあ大きい部類に入るのではと思っています。
目の前が真っ白になり…この世から遠ざかる感覚を味わいました。
3秒くらいあの世旅行してた気がします。
初めて倒れた時の記憶は失われているので、あの時もこんな感じだったのかなあと想像。3年後にして感慨に浸る。
最初の発作時は、前日夕食を作った後から意識が戻るまでの記憶が無いのです。
覚醒してから最初に喋ったまともな言葉は覚えている。
「会社に休むって連絡してくれた?」
…社畜!
閑話休題。
起きたのは、保育園のお迎え時に先生と話している時。
ふわ〜っと先生の姿が見えなくなって(声は聞こえる)、白銀の世界が広がって、時空がぐるぐる歪みだして…話の途中だし、いつもの貧血だと思ったので、「耐えろ、自分!!(根性!)」と念じたら戻って来られました。
で、後日の診察でICDの先生に「この日何かあった?」と聞かれ、貧血ではなく発作だったことが判明。
というか、これまで貧血・立ちくらみだと思ってたものの一部はたぶん発作だよと言われ、「毎回気合いで乗り切ってました…」と言って、まあまあ本気で叱られた。
電車降りてすぐに階段登るときに、ふぁ〜ってなるあれとか。
(人の流れを止めたら申し訳ないと思って、目の前見えてないけど感覚で歩き続けてた)
「意識ない状態で倒れて頭打ったら大変なことになるから絶対にやめて」
「できればその場に横になること。難しければ座り込むこと」
ここ!大事なので赤字にするよー!
今思うと倒れなくて本当に良かったです。
原因はよくわからないけど、転職したてのタイミングでストレスがあった気もするし、体調もあまり良くなかった日。
以降、変だと思ったら念のため座るなど、少し気をつけるようになりました。
ICDから警告音
続いて2つめの事件。
上の発作に先生が気づくきっかけになった、臨時の診察が8月にありました。
病院に行った理由は、ICDから警告音が鳴ったためです。
電車内でsurface(Windows タブレット)を、テザリングでネットワークに繋いだ状態で胸元に抱え、ごそごそカバンを漁っていたのですね。
surfaceにはマグネット式のカバーを付けていました。
すると、どこかで何かがピーピー鳴ってるのです。
「誰だよマナーモードにしてないのはぁ〜?」
と思って持ち主が音を消すのを待っていましたが、一向に鳴り止まない。
しかも音がかなり近い。
「…え?私!?」
…と気づいた時の恥ずかしさといったら。
誰も(私自身ですら)人体から音が鳴るなんて思わないので、周りの人が気づいていた可能性は低いのですけれど。
たぶん磁石か電磁波のせいだろうと思いつつ、初めてではあったので心配して病院に電話。
たまたまICDの先生がいらして電話で話したところ、「こっちにアラートは来ていないし大丈夫だと思うけど、一応診ようか?」ということになり、翌週に病院へ行きました。
結果としては、磁石?電磁波?が近づいたことによる警告音でした。
「今度同じ音が鳴ったら、周りの磁石っぽいものなどを放してみてください。それで音が止まったら大丈夫です」
と言われて終了(その後、例の発作の件があったので、結果的に有意義な診察になったのですが)。
以上、2018年の2大事件でした
いつ書こうか思案する間に、年が明けて2019年。
発作によって変わったことと言えば、今は運転しない方がいいと言われた(普段運転しないので支障はない)事ぐらいで、あまり変化の無い日々です。
発作も、3年経てば何かしらあるでしょうと捉えています。
Surfaceは使い続けています。会社に言えば、マグネットカバーではないモバイルPCに変えてもらえると思うけど、軽くて便利なんだもの。
昨年の教訓を生かすなら、今年の目標は「大きな発作を起こさない」「ピーピー鳴らさない」といったところでしょうか。ICD的には、「電池残量を減らさない」ですね。
最近思うのは「体調がいい」とはどんな状態だったか忘れたなぁと。元の8割くらいか、もう少し低いような気もするけれど、「もし元気なままだったら」の自分のイメージと比べて低空飛行になっている感覚にずいぶん慣れてきました。
この状態をできるだけ維持することを目指す生き方に変わったんだなあと思うと、穏やかな気持ちと寂しい気持ちが同居するような、不思議な感覚になります。
穏やかに過ごすことを大切にする。こんな1年の始まりも、ありかなと思います。